草木も眠る丑三つ時、何かを数えては笑う声が聞こえるらしい。
子どもの頃に聞いた怪談みたいだ。
とはいえこの辺りに井戸はないし、数える皿もない。
「……ウフフ、今日もまあまあ稼げたかな」
あるのは、その日あくせく働いて集めた金である。
それにしても夜な夜な金を数えていたら幽霊扱いされてしまうとは。
こんな時代でも幽霊とか出るんだろうか。いや、考えるのはよそう。幽霊は水場と怪談に寄ってくると言うし。
「まだ起きてるのか?入るぜ!」
「ギャーッ」
夜中にいきなり女の部屋に入るかフツー!?と怒る暇もなく、急いでお金をかき集めている私を見下ろしているのは、この通貨を作り、一瞬にして資本主義のシステムを構築してしまった男である。
幽霊じゃなくて良かった。
「フゥン、名前貴様か。夜な夜な不気味な声で数をかぞえていたのは」
子ども達が怖がっているのを聞いていたが単純に自分が気になるという理由で龍水は声の出所を探していたらしい。
「……それは金庫か?」
金庫だなんて凄いものでもないけど、龍水の視線の先には普段は隠してある貯金箱が置いてある。
湯水のようにお金を使い慣れている龍水と私は違う。
龍水は、自分が使うかどうかではなく気に入ったものに対して金を使う。
私にとって、そういうのは手持ちに余裕のある人間がすることだ。
「うん。貯めたくなっちゃうんだよね、こういうの」
もし宝くじが当たっても、9割くらい貯金してしまうだろう。世界一周とか宇宙旅行とか、別荘を買うとか。お金がかかる夢のような話はあくまでも夢であって、実際の私の身の丈には合わない。
「使い方分かんなくてさ、それならいつか必要になった時のためにとっとこうかなって」
これからの科学王国には石油とかその他諸々色んな物が必要だ。だけど千空やゲンの足元にうず高く積まれた札束を見ていたら、ちょっとくらい貯めても良いんじゃないかと思ってしまった。
「使いどころがないこともないと思うが、服は買わないのか?」
「杠の?綺麗で勿体ないよ、汚したくないもん」
それに服はこの前龍水が殆ど買い占めてしまったではないか。
「勿体ない、か。その金も勿体ないから使わずに隠しておくのか」
「そうかもね。お金しか頼れなくなった時にお金がなかったら困るし」
思えばずっと以前からそうだった。失うことが怖くて、使うのを躊躇ってきた。いつかの為に備えておくのは決して悪いことじゃないはずだ。
でも、そうしているうちに使い時も分からなくなって、結局人類は石化して、お金どころかなにもかも失ってしまった。
「私にはなんにもないから、お金くらいはなんとかしないと」
「なにもない事はあるまい。貴様には未来がある」
「ええと、そんな大きい話だったかな」
「無関係じゃないぜ?貴様も自分の未来に投資をしてみろと言ってるんだ」
自分への投資って、なんだか意識の高い本みたいだ。
「ん……?それなら貯金だってしても良いよね、将来のために」
やっぱり、私は貯めるのが好きなんだと思う。
こんな世界じゃ家を買う予定も旅に出る予定も結婚する予定もまるでないけれど。
でも龍水が言わんとしてることも、分からなくはない。今度杠に服を見せてもらおう。
「そうか。それも悪くない。ある程度資金が貯まったところで運用もできるしな!」
「あ〜やっぱりそういう方向なんだね……」
貯金箱にお金をしまって、厳重に蓋をした。
船が完成するまでにどれだけ貯められるか、楽しみだ。
こんな夜更けにお金の話ばかりしていたら、幽霊も呆れてどこかに行ってしまうに違いない。
「思うようにやってみろ。どのみち貴様も、貴様の未来も全て俺のものになるのだからな」
「そう簡単にはあげないよ!?」
慌てて貯金箱に覆い被さると、盛大に笑われた。
そうだった。龍水はこの世界すべてを手に入れようとしている。私みたいなちっぽけな一人も、例外なく。
笑ったかと思うと、龍水は突然真剣な顔をして、私の前に膝をついた。
「その箱から金を出す時が来たら一番に言え。俺が貴様に教えてやろう、金の使い方ってやつをな!」
「……よ、よろしくお願いします……?」
その受講料も高くつきそうだなぁなんて思ったのは、内緒だ。
2020.8.10
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